偏屈さや傷は,いつでもそこに,普通にある

スケオタが、「わからない」と言う人が発した言葉に突っ込みを入れて,「怖い」と思われる,と言う事が,実は結構ある。(スケオタに限らず,コアなファンが怖い,と言う現象は結構ある)

その、「怖い」と言われる事が,私は割と怖くて,いちいち傷ついたりもするし結構、ぐさっとくるんだけどな…でも、怖がらせたんだから,私の方が悪かったんだな,とか思ったりして,ありがちにめんどくさいタイプの人間なんですけれども,なんだかもう、怖くていいかな、と思うようになってきました。
かといって別に傷つかないわけじゃないんで,くじける事もあるかと思いますけれど,今は,もう、怖いなら怖いで、うるさいならうるさいで。って。

裾野を広げるとか,誰かの見方を制限してしまうとか,ファンを増やす雰囲気作りとか,色々思ったりもしたんですけど,そんなの、私が考えることでもないし。
私は,私の好きな畑を荒らす人には厳しくあろうと思います。独善でもいい。厳しくありたい…。

それで、神経質に畑を耕しながら,わからないで入って来てしまった人たちを追い払いつづけ、近所の人たちには,あそこの偏屈ババア,と言われ…それでも,何年かに一度,丹誠込めた畑でついに出来た自慢のさつま芋を,遠巻きにみていいる人達に「ほら。食べな」と投げて振る舞うような,そんな、そんな怒りんぼに、わたしはなりたい。(せめて遠巻き位にはみてても耐えられる程度は維持しまーす)

 採点競技のあれこれって,全部知る必要はないし,わからないままみるのもとても楽しいこと。

だから,本当にそれは好きにしたらいいと思う。
わかんなきゃ楽しめないなんて言うつもりは毛頭ないし,わかんなきゃダメなんて事、いうつもりもない。
ただ「わからないんだけど」と言いながら,わかったようなことを言うのは辞めてほしい,とは思う。わかったようなことっていうのは、つまり,事実誤認,とかそういうの。知らないだけでしょ,って言うようなこと。
わからないまま,間違ったことを言ったり、それに基づいた見解を語られても困る,と思う。
競技の本質とは全く違う所で「選手が美しくない」って言われるのだって,そりゃそうじゃない…?としか。

そう言う本質とは違う所で,選手を嫌いになるのも、選手が美しくない,と言うのも、また自由だけど(制限できないと言う意味で)それ,本質とは違うし,反論がある人は口にするよってことだと思う。そこに、ライトファンもスケオタも,違いはないんじゃないかなあ。

「本質と違う所なら嫌いっていっていい」ってこともないしね。
「わかってない」からいいとか悪いとか,わかってないから多目にみてよ,とかそう言う事でもないし。口にするのが悪いって言ってるんじゃないんです。
でも、突っ込まれる事は,そりゃあるよってこと。それだけ。

「わからない」という事に対して,謙虚でありたい,と私は個人的に思うんです。それは,誰かに強制できる事ではないけど。同時に,わからないながらも出した回答に,間違ってるよ,と言うやり取りは,そんなに特別な事でもなく,普通の事でいいと思うんです。怖い事でも何でもないです。普通です。そう言う事は,フラットに言い合えた方が,楽なんじゃないかなって気がします。

誤解しないでほしいんですが,これは、感じ方の否定ではないんです。どちらかというと、事実と違った認識で,選手を蔑まれたら,それは「悪口」だから、訂正するよ,って言うお話ですね。感じ方云々じゃなくて「悪口」だから怒る事もある、と言うお話。

「間違わないようにしよう」「間違えちゃ行けない」じゃなくて、それ、間違ってない?というのは、フラットに言い合えた方がいいって思うんです。

「傷つけちゃいけない」「傷つけないでよ!」ではなくて「こういう事されると,傷ついちゃうんだよね」って普通に言い合えた方が、楽な気がするんだ。私は。私は,ね。

誰にでも,そうするわけじゃないけど。その過程に「怖さ」があるんだとしたら、まあ、仕方がないかなって。そう言う気持ちでもいる。

なんか、「変な事は言っちゃいけない」よりも、「変じゃない?っていう指摘も普通に入る」方が,いいんじゃないのかなって思うんだけど,「変じゃない?」って口にすると,「言っちゃ行けないんだ!」に繋がるから,あー、怖さのコントロールとは難しいことよ,とは思うんだけど。大事なのは,ユーモアですね。

 

ーーー追記

 

 その人が「どうしても本気になっちゃう」「大切にしている」という事に対して、適当なこと言われた時に「嫌だな」と思ったり「不愉快だな」と思うことは別に普通のことだと思います。もちろん、案件によってはもうちょっと余裕を持ちたいな、と思うし不愉快に思う必要のないこともあるし、「不愉快」を感じることが問題だとするなら、その根源がどこにあるのか、その割合が自分なのか相手なのか、っていうのは、案件によって変わる、とは思う。


で、そういう違和感や、不愉快に思う、ことを表明したくらいで、いちいち「こわーいwwww」とかいわれちゃうのは、心からめんどくせえな、と思います。
そうやって(時には、自虐と言う手法を使って)笑うことがユーモアで、ジョークとして成立していると考えるなら、最悪、と思う。

小学生とか、中学生の頃を思い出します。
冗談めかして誰かを笑いものにし、その冗談にのらなければ振り落とされる、というような恐怖を。その鈍感さや無神経さは、子どもであれば、ものを知らないだけ、で済ませられるけれど、大人になってなおそれをやる人を見るのは、たまらない。

「私は、あなたの好きなもの(もしくは、あなたの好きなものに対するスタンスを)バカにしますけれど、それは、あくまで冗談で、本気で傷つけるつもりはないんですよ」
と平気でやってる人を見ると、本当にずるいなあ、と思います。
他人の大事にしているかもしれない部分をあざ笑った挙げ句、それを一緒にしない人にや、傷つく誰かを「無粋」にすらしてしまえるんだなあ。

だから、そういうものにであった時は、もうどうしようもないから、「ジョークとして、全然面白くないです」というんですけど、本当の問題はそんなところじゃないんです。

相手の好きなものについて触れるときは、大事な部分に触れてるかも、と思いたいし、大事な部分への触れ方、どこまで軽口が許されるのか、なんてのは、ネットなのか対面なのかで変わるし、関係性でも変わるし、それって、同じものが好きなもの同士、でも、結構ナーバスな問題だと思うし、それができないくらいなら、放っておいてくれよ、と思ってる。
怖い、とかめんどくさい、とか言う前にさ。放っておいてくれたらいいじゃん、って思ってる。