「なまけものダイエット」

伊藤理佐の「なまけものダイエット(辛)」が面白い。 
ただのダイエット失敗日記ではなく、ダイエット…にかこつけた、美醜の問題、年を経て現れるアイテムの数々、それにあらがおうとする事、そして結局どうなりたいのだ私は、という話がとても気楽に書いてある。
気楽だから読みやすいし、わははと笑ってぱたんと閉じる事も出来る。

あそこに書いてあったような事は、ちょっと前から考えている。即ち、私は痩せてどうなりたいのか、と言うこと。
そもそも私は痩せたいのか?という事。もう、いいんかじゃないか?と思いかけて、
そういえば私は痩せなくていいと言う選択肢はない、のであった。(健康上の理由で)

であるからして、まあ、痩せるとして。痩せる方向に舵を切るとして、だ。
私は痩せて、一体どうなりたいのか、と言う事だ。健康?もちろんだ。心も体もばしっと健康いつでもどこでも焼き肉定食、は無理にしても、これから生きていく為に8…6…割型くらい、まあ、健康である、日々が送れるならそれはやっぱり楽だと思うのだ。年をとれば、自分の健康状態による不調の数々を自分だけでどうにか出来る、場面ばかりじゃなくなるだろうし。

とはいえ、健康上の理由でダイエットを試みるのであっても、美容目的が会って悪い、と言う事はあるまい。そこで、「どうなりたいのか」という話である。

若い頃は、いわゆる少年体型と言う物に心から憧れており、だってやっぱり、しゅっとしてる方が洋服はかっこいいよ、とか、そもそもしゅっとした体型の人が着るような服が好き、とかそういう事なんだけど、残念ながらぽっちゃりうまれぽっちゃりそだち炭水化物は大体友達だった私にはそれはかなう事のないあこがれであった。実際、痩せた所でしゅっとはしない体型なのだ。そういう自分もわかってきた。同時に、細身な体型になった所で似合うのか、問題も切実だ。私の場合、どうやら痩せたら一気に老け込む…気がする。皮も伸びてるだろうし。

そうなってくると、やっぱり「いい感じ」になりたい、としかいえないのだなあ…と考えて、とりあえず私、ぽっちゃり、目指します、と夫に宣言した所、夫の「ぽっちゃり」であげられた芸能人の名前が、全然ぽっちゃりではなくて、何も言えなくなってる所。

 

 

 

 とりあえず、ダイエット法としては
「一生できるか否か」を基準として選択するようにはなってきた。