クリス・リードのこと

「え。クリス・リード、亡くなったの?」

意外な人が呟いている。スケオタ以外の知人からも何度か聞かれた。なんだ、みんな結構、アイスダンスを知ってるんじゃん、と思う。

五輪に出場した選手だし、ソチ五輪からは「団体戦」というカテゴリーもできたし、なんだかんだで目に入る機会も増えたんだろう。とはいえ、日本で、フィギュアスケートのペアやアイスダンス が取り上げられることは、非常に稀で、地上波だとNHK杯と五輪(それにしたって平昌五輪のフィギュアスケート放送は酷かった)、くらいしか機会はない。(※1)

だから、ほんの少し、複雑な思いを感じてしまう。相手が知っているのかどうかをジャッジする気持ちがある。そんなもの、わかりようもないのに、だ。死を悼む気持ちと優しい言葉に軽重なんてない、これじゃただのマウンティングだ、ということはわかっている。ただただ、見たくないのだ。私はまだ、そんなふうに、彼の死を事実と受けとめたくはない。だから、気軽に呟いてくれるな、などと、傲慢なことを考えている(気軽かどうか、なんて分からないし、気軽で何が悪いのだ)。その上で情報を探すのをやめられず、その後に続く、哀悼の言葉を見続けている。

キャシー・リードクリス・リード組(以下リーズ)のプログラムの中で、私が最も好きなのは、2012年−2013年シーズンのFD「ビートルズメドレー」だ。「ゴールデン・スランバー」「キャリー・ザット・ウェイト」「ジ・エンド」で構成されたこのメドレー(曲名はwiki調べ)は、洋楽に疎い私からすると、ビートルズっぽいことはわかるけれど、曲名までは分からない、イマジンも、レット・イット・ビーも入っていない、無知な私におしゃれで粋を教えてくれるプログラムだ。敬愛するライターさんが褒めていたキャシーの衣装は、サイケデリックなワンピース。頭のヘアバンドも含めて彼女にとてもよく似合っていた。

特に、2013年・国別対抗戦で見せてくれたビートルズメドレーがベストアクト。祝祭のような演技として、私の記憶に残っている。

会場の雰囲気も完璧だった。当時のリーズは、それぞれの怪我もあり、それが原因なのかは分からないけれど、ファンから見ると伸び悩んでいる時期のように見えた。2012年の世界選手権ではFDに進めなかった(※2)。2013年はそれでも復調してきたように思っていたが、演技の後、試合の後、心から満足している2人、を見ることは少なくなっていた。

だからこそ、だったのか。あの、会場全体が、彼らの本来の姿を待っている、という雰囲気は。

滑走順を迎えて名前がコールされる前、日本の応援席方向から「キャシー!(手拍子)」「クリス!(手拍子)」のコールが発生。会場からも大きな手拍子がわき起こる。改めて放送時の画面を確認すると、日本で行われた試合のカップル競技であるわりに、会場はよく埋まっているように見える。(現地だと、席によって空席が見えるので、埋まっている/埋まっていないの判断がつきにくい)。選手の名前がコールされて、一際大きな拍手の後、静まった会場の中、彼らはスタート位置へ。音楽が始まる。

どうか、2人の心と体が、思うさまに動きますように。どこも痛くありませんように。気持ちよく滑ることができますように。祈るような気持ちだった。キャシーがクリスの肩に背中から脚をかけ、くるりと前方に回って体を反らすカーブリフトの美しさにため息。背中側を支えて上下に大きく動きをつけたローテーショナルリフトが、音楽によく似合ってる。息を詰めてツイズルを見守った後は歓声。正しい軌道を描いて、どこまでもどこまでも進んで欲しいから、ステップシークエンスには思わず手拍子。最高の盛り上がりを見せる最後の曲、ラストまでの高揚は、どんなに言葉を尽くしても私の語彙力じゃ表現が難しい。今、映像で見るとクリスの大きな笑顔が嬉しい。

得点はそのシーズンのベストスコアを更新。点数が出た後、拍手が鳴り止んだくらいのタイミングだっただろうか。会場から大きな声がかかった。「頑張った!!!」。叫ばずにはいられなかったのだ、と思った。叫ばずには、いられなかったんじゃないかな。少し笑って、大きく頷いたことを覚えてる。物凄いものを見せてもらった、と思った。

これは、私の心の財産です。今でもそう思ってるし、ことあるごとに、そう口にしてきたと思う。

でも全然、その感謝を伝えられている気はしない。今の日本で、日本代表としてのキャリアは、彼にとってちゃんとプラスだったのだろうか、とか、そんなしょうもないことも考えてしまう。彼らの選択を、私達ファンは、どこまでサポートできてたんだろう。できることなんて、本当にちょっとなのに。それすらできていないんじゃないか。嫌な思いもたくさんしたんじゃないだろうか。今でも彼の日本語を「辿々しくてかわいい」と形容する人がいること。アナウンサーが、彼の喋り方をいじりたおしていたこと、そんなことまで思い出されて、自分の気持ちに全然、全然、折り合いがつかないでいる。

ただのファンに、後悔なんて、しようもないのに。

※1……一応、最近ではフジテレビも頑張ってくれています。全日本・世界選手権では夜中に放送してくれたりするし。ちょっと前まで「シングル競技」が終了したら試合そのものが終わったかのように総括始めてた時代があったので、それに比べたら随分な進歩を感じます。

※2……世界選手権では、SD(ショートダンス)及びSP(ショートプログラム)が終了した時点でついた順位によって、FD(フリーダンス)及びFP(フリープログラム)に進むことができるかどうかがきまる。2012年のアイスダンス はSDの成績上位20組までがFDに進出した。