「どぶがわ」池辺葵

「サウダーテ」で喫茶店の女主人「繕い裁つ人」でオーダーメイドの仕立て屋を描いた池辺葵の新刊は「どぶがわ」……。
 どぶがわのほとりで、空想の世界に身を委ねる老婆とその空想の世界を中心に、どぶがわ添いの道を通学路とする学生、市役所の職員、その妻、といった、川沿いを生活空間とする人々の日常が描かれる。
老婆の空想の世界は、現実にはどこにもないが、彼女の中では、どこまでもリアル。彼女の美しい空想の中で、老婆は別の誰かとなって生きている。一方で、現実世界の老婆は、好んでどぶがわの側で時を過ごしている。異臭を放つ川のほとりで、空想の世界を紡ぎつづけているのだ。想像力を糧にしながら、現実を生きる老婆。年老いた体は、もはや老婆を、どこにも運んではくれない。新しい何かを見せてくれる事もない。それでも、想像力がある限り、老婆は自由だ。昔の思い出と、日々の生活と、たくさんの物語から得た想像力は、間違いなく、彼女の生きる糧となっている。
 彼女の美しい空想の世界に、優しい偶然が重なって、現実が寄り添う瞬間がある。どぶがわをさらう騎士達。何故か、身につまされる思いがする。そして同時に、救われた思いがする。
 

どぶがわ (A.L.C.DX)繕い裁つ人(1) (KCデラックス) サウダーデ(1) (KCデラックス)