体重 公称70kgの女がスポーツバイクに乗るまでの話

 


2022年、夏、私は荒北靖友に夢中だった。

漫画「弱虫ペダル」(作:渡辺航)で描かれる1年目のインターハイに箱根学園の3年生として出場し、ゼッケン2番をつけて走るビアンキ乗りの荒北さんである。あだ名は野獣。チーム内の役割はアシストでまたの名を運び屋(通り名制度!)。中学時代は、期待されていたピッチャーだったが肘を壊し、ヤンキーへと転身。リーゼントに原チャを乗り回していた頃、福富寿一と出会い(一方的にいちゃもんをつけ)、ロードバイクに原付バイクで挑み、敗北。そのまま名門・箱根学園自転車競技部の門を叩いた荒北靖友である。

繰り返しアニメを見て、コミックスを読み、外伝である「弱虫ペダル SPARE BIKE」を買う。手に入れられる同人誌も買い漁った。これにより、日常生活は一旦忘れ去られた。

私と夫、目に見えて「ハマっている」のは私だったろう。私もそう思っていた。が、ある日、夫は、「ちょっと見てみようか」とビアンキショップに入ったのをきっかけに、ロードバイクを購入したのだった。スポーツというものに、まるで縁のない夫が。自転車を。「30年ぶりに乗る」って言ってるのに。ロードバイクを。

ちなみに、ビアンキはまだない。2022年秋、エントリーモデルと呼ばれる比較的買いやすい価格帯のロードバイクは、軒並み在庫薄、という状態なのだそうです。ビアンキショップにして「予約してください。そしたら、半年から一年後くらいには入ると思います」。
夫は今、毎日、予約の紙を眺めながら「早く来ないかな……」と呟いている。不憫。早く入荷してあげてください。

それでまあ、みているうちに、なんだか私も、自転車が欲しくなってきた。というか、自転車を漕ぎたくなってきた。

ところで、私の体重は、公称70kgである。「公称」というのは、パブリックイメージ、ということで、なぜパブリックイメージかというと、体重的なものは、見た目である程度推測できるからで、私はある時期に、「他人から見たら大体これくらい」を70kgに設定して、そう言い張ることに決めたのである。最大限、サバを読んで、70kg。昔のドラマに「池中玄太80キロ」というドラマがあったのだけど、本当はまあ、きっと池中玄太を超えているんじゃないか、と思う。測っていないからわからない。だって私はもう、70kgで生きていくって決めたから。

 

要するに、太っているのだ。太っている上に、虚栄心が強く、体型に大きな劣等感を抱えて生きているのだ。そんな人間に、スポーツバイクは、ハードルが高い。まず「欲しいです」「乗ってみたいです」が言えない。お店に行って「試させてください」と口に出すことの、なんと勇気のいることか。スポーティーで、細身の、いわゆるシュッとした自転車に対して、自分の体はあまりにも丸く、そして巨大に思えるから。体重をかけた瞬間、タイヤが弾け飛ぶんじゃないか。そういえば昔、パンクした自転車を修理に持ち込んだら、「その体型じゃパンクもするよね」みたいなこと、言われたよな…(言われたんです)。いやでも、スポーツバイクって自分よりずっと筋肉のありそうな人乗ってるけど…いや、でも、でも。


そんな逡巡をしているときに、TLに流れてきたのが、安達茉莉子さんの「臆病者の自転車生活」でした。

 

臆病者の犬を、心に飼っている安達さん。冒頭、安達さんは言う。「私の体重は、今これを読んでいるあなたの体重より多分重い」。そんなことない、と思う。そんなことない、と思うが、まあ、それはどっちでもいい。私にとって大事だったのは、安達さんが、安達さんの心にいる臆病者の犬が、恐々と顔を出し、憧れの世界に触れていく、その過程だった。一歩足を踏み出し、えいやっと扉を開ける、その様子だった。私はそこに、どうしたって自分の恐怖心や劣等感を重ねて見ないではいられなかった。重ねてみたから、安達さんがグイッと顔を上げて乗り越えていく様子には、(たぶん)人一倍、心が躍ったのだ。


私にも、できるかも?

思えば、いつでも、自転車に乗る時は冒険だった。大学生の頃は遠くの図書館まで自転車で通っていた。普通のシティサイクルだったけど、乗りながら「これがあれば、どこまででもいけるな」と感じたことを、はっきりと覚えている。なんなら歌った。「どこでもいける〜どこまででもいける〜」(作詞作曲、私)。
仕事を始めてからは、通勤に使った。電車が苦手な私は、職場のある都会までの電車に乗るだけで、疲労困憊してしまう。そもそも、風が通らない空間がとても苦手だ(強風時には率先して窓を開けていくタイプ!)。できるだけ電車に乗る時間を少なくしたい。自転車はそんな時の強い味方だった。いつだってずっと、私の味方だった。

 

自転車を買う。心は決まった。
私の心の中の、臆病者の犬が、尻尾を上げた。

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まずこれは、今週のお題「買ってよかった2022」①

安達茉莉子さんの「臆病者の自転車生活」

②は当然、自転車です。(でも多分、今週はもう終わり)